もうこの世界に耐えられない
虫や魚はr戦略。数を増やす。人間はK戦略。愛情で命の質を伸ばす。人間が人間以外の命にも愛情を感じるのはそれ自体が人間の生存に関わる投資になり得るからなんだ。
でも人は全てを破壊してる。これは資本主義という数字の魔法にかけられてるからなのかも。金は人をr戦略に変えてしまうのでは。そうしたら愛情を忘れてしまう。それで人、しいては地球を絶滅の方向へ向かわせている。
現在はSNSで愛情を可視化させている数字の時代。資産運用も数字の世界。人はコニュニケーションがテレパシーレベルで速くなった結果昆虫的な生き物になってしまい命の価値が下がってしまった。しかし人間という生命がここまで横暴なのに地球の生命の一員として存続してこられたのは愛情という概念を生み出して、運用してきたからに他ならない。現在、昆虫化してしまった人類は全ての命を消費コンテンツとして感じるようになっており、もう絶滅の一途を辿っていると思う。AIは人類最後の発明なのかもしれない。
日の出の音がリリース



https://on.soundcloud.com/DFy91BPv4tw06rFOnf
https://on.soundcloud.com/UVrthVD7XtaJ3s5y41
チリ在住のアーティストmariapepinosが長期の日本ツアーを経て知り合った音楽家たちの楽曲を集めたコンピレーションカセットテープがリリースされました。
僕の音源もGASOLINE STAND名義で収録されています。
SoundCloudでA面B面聴けるのでぜひ聴いてもらいたいです。San Music Recordsで検索してください。
A面
MIRAGE AREA / AMANECER「夜明け」
SATOSHI & MAKOTO / FREEZING POINT (2025 REMASTER)
NATSUKI TAKEDA / SIESTA OF PARK AVENUE
FREEDOMHILLKO FT. SHIMON ONO, SATOSHI HORI / SUMMERY PLANET (ETUDE ROOM VER.)
バナナ (BANANA) / SLICE
NAT000 / iMODAL
SPRA / MORNING DISCOS
AEONFADE / DEW OF NIGHT (VIP)
B面
CHIYORI&YAMAAN FT. MARIAPEPINOS / BUENAS NOCHES 「おやすみ」
なのるなもない (NANORUNAMONAI) / LOS LABIOS DE AKASHA 「アカシャの唇」(REMIX BY FL CHE PACINO)
MC ビル風 (MC BIRUKAZE) / BEYOND. THE TAIAN YOKO
山/完全 (MOUNTAIN/FULL EDITION) / SNAKE & SPRINGS 「蛇デンス」
NNMIE (ALTO SAX: HIKARU YAMADA) / EN ALGÚN LUGAR, TODAVÍA 「今もどこかで」
GASOLINE STAND / BUT THX
CALME ADICTION / REBORN
KABUTOMUSHI / PANSY SAKANAI
以前からぼくの敬愛する音楽家たちも収録されています。
mariapepinosを紹介してツアーを任せてくれたんミィさん(NNMIE)。
mariapepinosの日本ツアー京都編at mingleをぼくが企画した際、mariapepinosの音楽が持つデジタルとアナログの壁をさも無いかのように飛び越える仕草に共振するものがあると思いオーガナイズさせていただいた風の又サニー、quaeruなど数々のバンドで活動されているなっちゃん(NATSUKI TAKEDA)。
GASOLINE ・STAND名義でリリースしたYowaisongにラップをいれていただいたMCビル風(MC BIRUKAZE)。
KASHIKOI ULYSSESのギタリスト、KOMEの参加している2ピースロックバンドCALME ADICTION。
KASHIKOI ULYSSESの写真を撮影してくれている写真家、音楽家のAEONFADE。
もちろん僕も知らなかった素敵な音楽もたくさん収録されており、聴く度に旅が始まるようです。mariapepinosの不思議な旅を追体験しているような気持ちになります。
それぞれの参加アーティストが持つ個性は控えめに言って先鋭的ですが、Mariaの音楽から伝わってくる音を生き物のように愛する感覚に通じるものが通底しているように思えます。
また、テープ特有のコンプ感、proco RATのようなざらついた粒子感、アコースティックに膨らむローエンドによる効果が時間を忘れさせてくれる。
それはmariapepinosのやさしい帰り道のような音楽が描くローファイの未来のよう。
世界が平和な時は無い。でも平和がとても愛しい事であることは誰もが知っている。
生き延びて音楽を続けよう。何度でも再会するために。
この音楽は道標。
これに収録したbut thxの歌詞を記しておきます。
KASHIKOI ULYSSESでも最近たまに演奏してる歌だよ。
When I was empty boy
The wind was loud and blue than now
When I was empty boy
The wind was loud and blue than now
話の中にはある 心の行方と気持ちの空模様
つまり天気の良さ悪さ 意味がなさそで快適さはある はずさ わずか
に飛んでみた フィルインが ない隙間タムは捨てた ファズはベンダー
弱いbody moving 目ーに浮かーべ たrain droping it's kind of rock.
(We always talk about where our hearts wander and the mood of our skies.
Talking about whether the weather's good or bad seems pointless, yet some kind of comfort must be hidden there.
I tried flying a little.
Our drummer threw a tom into the gap without a fill.
The fuzz our guitarist uses is a tone bender.
I picture the faint vibrations of my friends' bodies on the floor, and raindrops fall from my eyes. It's a kind of rock.)
When I was empty boy
The wind was loud and blue than now
When I was empty boy
The wind was loud and blue and blue and blue
裸足のままで走る 音で作る言葉より速い歩道
符割り変詩の持つダサさ 石が語る事を拒否して
位置付けた 悪魔
を呼び出した 忌む生きた タイムしか役に立たな かったせいだ
悪い muddy ルービー 鋭利に立って
た gain drowing it's kind of shit tho.
(In this song, you run barefoot. It's faster than words made of sound.
Small stones refused to speak of the tackiness in poems with odd rhythms.
And that summoned the devil.
It's because until now, only the time we suffered through was of any use.
Sorry, this is sudden, but give me some sludgy beer.
This guitar's gain paints with sharp lines.
This is a kind of shit.)
watch me. trust me. like me better.
watch me. trust me. hurry wake up.
watch me. trust me. like me better.
everything I need. they gone but thanks.
If there was anything I could do, I would.
But the things I can do, I can't do anymore.
If there was anything I could do, I would.
But the things I can do, I can't do anymore.
watch me. trust me. like me better.
watch me. trust me. hurry wake up.
watch me. trust me. like me better.
everything I need. they gone but thanks.
これは自分や世界を良くしようと思って生きていたら、自分にとって大切なものが世界から全て居なくなってしまったけど、それらに感謝する歌なんだ。
想像
不安を煽って申し訳ないけれど、
今回の選挙結果によって日本人が徴兵される未来が可視化されると思う。
自衛のための軍拡と言いつつ、戦争を起こそうとしているのはいつも腐りきった日本政府のクソども。
命と金が数字にしか見えなくなる無想像の横暴。
心を持つ私たちはクソどもから常に迫害されている図式がある。これはずっとだ!
私たちが今生きているのは殺戮の悲しみが堆積してできた時間。私たちの想像力は意図的に奪われているが、人間の想像力は金なんかと違って、大切な人や大切なもののことを思えば思うほど引き出せる無限の資源なんだ。生きている人たち全員に想像力は備わっている。
使えるってことを忘れさせられてるだけなんだ。
排外的な感情を扇動された市民からヘイトスピーチを聞かされる悲しみ。
ぼくが日本語を話すからってどうして日本人だと勝手に思いこんでいるの?もしぼくが外国人だと言えばきっとこう言う
「日本人だと思った」
国や街が壊れてるのは外国人のせいじゃなく円安のせいだと分からない人たちはとても多い。
経済政策や外交失敗したらいつだって外国人のせいにして国民の怒りをそらす典型的なやつだ。そしてそれはやがて国民だけでなく国自体も洗脳してしまいコントロールできなくなっていく。ぼくは人とうまく話せなかったから過酷で低賃金の仕事を転々としてたけど、どの現場でも外国からきた人達が黙々と働いていた。日本人は誰もやりたがらない仕事をやる人たちがいて、この国は綺麗だったり便利だったりすることを誇れてる。安いならポケカも土地も買いしめられるだろう。
ずっと日本を安売りしてるのは自民党。そのために想像力をも奪っている。金がなければインフラは維持できないが、そのために命を差し出すという発想に至るのはなんのために生きているのか、生まれてきたのか考える想像力さえセルアウトしてしまったということだ。
本来経済や軍事は人が幸せに生きるための道具のはずなのに今の日本は国家を維持するために人が死ぬことを肯定しはじめている。
これは想像力の死だ。なんのためにこの星に生まれたのかという問いを圧殺し、ただの資源として自分を販売するというバグが起きている。
想像力を奪えば、人は『戦場へ行け』と言われても『それもインフラ維持のためなら仕方ない』と納得してしまう。これは魂のセルアウトそのものだ。
私たちは情報に、労働に疲れ果てている。
このテキストを読むことでも脳にかなりの負担がかかるだろう。
心を守るために情報を断つ人も多い。SNSをやめたり、田舎に引っ越したり。それはとても大切なことだ。だけどどこにいても戦争から逃げる事は出来ない。戦争は何が何でも止め続けなければいつでもどこでも始まる。Amazonがどこにでもすぐ届くように、召集令状やミサイルが君の元に一瞬で届く。
僕たちはレコードの針じゃない。カッティングマシンだ。今がいつでも歴史の最先端であり、なんでも変えることができる。
どこに入れても変わらないと思ってる人は正しい。結果が変わってないからだ。だから怒りを持って投票しよう。
セルフライナーノーツ
距離は見えない
(距離)が縮まればできることは増えるけど
できないけどしたいことは減っていく
できないからできるようになりたく思う
ぼくたちと、できないとの(距離)は歌う
心ってどこにあると思う?
考え過ぎると頭が痛くなるから、頭にあるって考える人や、気持ちが昂ると胸がドキドキするから胸にあると考える人、お腹が一杯だと安心するし、緊張したらお腹痛くなるからお腹にあるって考える人とかがいる。
確かにその3箇所は心に近い場所だなと思うけど、心って全身だなーと最近とても思う。
髪を染める前は、いじめられるのが怖いから目立たないように、変と思われないようにっていう気持ちがあった。それはなくなった。染めてから他者の反応がガラッと変わったからだ。あんまり話さなかった人が話しかけてくれるようになったり、初対面の人に髪の色をとても嫌な弄り方されたり、そもそも見た目からアウトローだから相手にしないみたいな壁をつくられたり。
人間の認知バイアスをとても感じた。それを鏡にして自分の持つ色んなバイアスにも気づいた。
作りたい音楽を作ったり、練習して良いライブしたりするのは好きだけど、それによって自分の評価が変わる事ってなんかモヤる。
人にも音楽にも好き嫌いはあるけど、良い悪いは本来存在しないから。
さっきの話は髪の毛に宿る心の話だったけど、
最近たまに良いライブできるようになってきたから人が褒めてくれる時がある。昔は下手とかキモいとか言われてたのが人間を否定されてるようでとても嫌だなあと思ってたけど、あんまり褒められても、貶されるよりはいいけれど、心ここに在らずって感じになることに気づいた。
その時、心はさっきの演奏に宿ってたわけだから、演奏後の自分を褒められても、感想を伝える対象が違うよ〜って感じてる気持ちがある。不思議だね。
心って反応しあってお互いの生き方を変化させる感情の触媒なのかも。
演奏における身体性の奪還とはなにか
演奏における身体性の奪還とはなにか
今日(20240625)送迎中にthanks for comingのback it againを聴いていて急に気付いた。
帰宅してコーヒーの焙煎中にAlex GのTRICKを聴いていて確信した。
僕が重要だと思っている演奏とはなんなのか、言葉にできていなかったものが急に言葉になった。
演奏における自然的な身体性の奪還。
楽器や運転が上手くなると、その道具は身体の一部となり自由度や動作の解像度が上がっていく。
一方で油断が生まれてしまい、ケアレスミスが起きたりする。
道具は普遍的な身体に合わせてデザインされている。身体に手を伸ばしている。こちらも技術の向上により道具に手を伸ばす。
その先に一体化があり、身体が道具を侵食してしまうと、それは脳の支配する運動になってしまう。
それはつまらない。わざわざ道具を作って、技術を向上させて無に帰るようなものだから。
楽しくないと思う。100点取るためにテストをし続けるようなもの。運転が好きな人は安全運転や危険運転が好きなのではなく、本人の身体性が車体の構造と重なることで生まれる軋轢を味わってるんだと思う。これは楽器でも同じなんだけど、個人的に味わう演奏と違って発表するための演奏はその姿勢を保ちづらい。他者の評価が気になるからだ。
例えばギターにおいては、ギターを触る右手と左手、アンプからフィードバックされるサウンドをモニタリングする耳にリスペクトを持つ事からなる。彼らを脳の奴隷にしてはならない。
クリシェとは否定的に用いられる言葉だけど、自分がクリシェを獲得することは楽譜上ではプレイヤーのロゴになるようなリフを作曲するということになるけれど、楽器と身体との軋轢を味わった上で獲得したクリシェはあらゆる音楽的なイメージよりも前に出てくる。それこそが楽器を生み出した人の演奏であるからだ。
音楽を演奏するためにそこにギターがあったから弾くギターではなく、ギターという楽器を選び取った理由がしっかり音として感じられる(身体の仕組みや動きがどのように干渉して生まれる音なのかを意識した)演奏が重要だという事。
それはそのままロックの存在意義に接続できる鍵となりうる。
ギターとプレイヤーの演奏における登場人物(弦、ピックアップ、アンプ、指、手首、目、耳など)の尊厳を殺してしまうのが良くない演奏。
言い換えるなら
「楽器とそれを演奏する身体を道具として頭でイメージしてる音に限りなく近づけるための演奏」
これは疲れる。身体と楽器が頭の奴隷だからだ。トップダウン。情報は一方通行。
楽器初心者が挫折する本当の理由はここから脱出できなくて疲弊する事に理由があるのだと思う。
その対極にあるとしたいものが
「手に取った楽器と身体のコミュニケーションにおけるフィードバックが頭を支配下におく演奏」
上で書いた頭の奴隷という言葉、そもそも頭がないと演奏ができないのかと言われるとそうでもない。シーケンサーも、風鈴も、頭がないけど演奏している。でも彼らは人間の音楽的言語を用いて演奏を通じたコミュニケーションはできない。人は頭を使って音楽で会話しようとしているけれど楽器を手で演奏している場合、その身体と楽器はmidiとモジュール、風と風鈴と変わらない関係を持っている。よく力を抜いて演奏することが大事だと言われるけれど、それはどういうことなのかというと体が緊張によって硬直しているから演奏がぎこちないということなんだけど、なんで緊張してるのかというと頭がプレッシャーによって身体と楽器を支配しようとし過ぎていることによる緊張なんだ。
頭では面白おかしい音楽をやりたいと思っていても、楽器を抱えた身体は、風が吹いて鳴る風鈴が響き渡るように、雨の後の鴨川の流れる音が割とうるさいように、物質と物質がぶつかり合う自然な物音をアンプリファイドするということを意識するのが重要だと思う。
その感覚に入ると一気に力が抜けて自然に音が出る。これは疲れない。
真空管アンプで演奏してると弾いてる音が気持ち良過ぎて耳から入ってくる自分の演奏が自分の指より先行して耳と脳をループしてるように感じる。宅録する時にシールドをインターフェイスに差してギターを弾くと弾くタイミングと返ってくる音にラグがあるし、それを頭で修正しながら演奏するから力が入ってしまう。アンプで練習してから宅録するとアンプを演奏してた時の感覚を覚えている状態で演奏できたから脱力しやすかった。
そうやって楽器と、それを演奏する身体の状態を観察して頭とフィードバックがループする状態を練習していくと、作曲する上でも自然な発想が生まれやすくなるんだと思う。打ち込みだけで音楽を作るのと違い、楽器のプレイヤーだからこそできるアレンジができるようになってくる。
音楽とは何なのか。
音楽の作り方には2つのレイヤーがある。それを用いてデザインしていく。
1つは好きな音楽の要素を足す思考。
もう1つは嫌いな音楽の要素を削ぐ思考。
この2つの思考がメロディ、コード、ビート、音像などいろんな要素の上でほとんど無意識のうちに駆け引きをしており、音楽を作り上げている。
その無意識下の駆け引きを顕在意識に引っ張り上げてくる事で自分がなぜその要素が好きなのか嫌いなのか自覚的になることで音楽を聴いて理解できる幅は広がるし、くだらない経験によって培われた排除的な性格が柔和していくだろう。
今、改めて言うまでも無く、音楽はこれまでで一番溢れており、消費のされ方がエグい。
サブスクが始まった事、音楽を誰しも簡単に作れるようになったこと、それからAIの登場も加速に拍車を掛ける。
音楽が溢れてることは超良いことだと思う。でも音楽を消費する速度が速いのはつまらない事だと思う。それは聴く方も作る方も音楽と向き合うための視点を維持する事が難しくなるからだ。視点はある程度体系化された知識の上で運用していかなくてはならない。その理由を説明する。
音楽のゴールを共有(自分が他者に聴かせたいと思う音楽を何らかの方法を用いて聴かせるという事)とするならば、何を持って共有するという事が人間にとって有益な行為となり得るのか。共有される音楽には情報として2つのレイヤーが存在する。
①楽曲そのもの。
②その楽曲を共有したいと思った理由や感情。
現在①の共有はいつでもどこでも誰とでも出来る世界になっている。①こそが溢れかえっている音楽そのものだからだ。そして実際に常に世界中で共有され続けている。作る、聴く、聴かせるという音楽的行為が世界中で加速し続けている。アップロードは静かに行われるが、地球で現在鳴っている音楽の総量は確実に今までで一番大きいはずだ。みんなのヘッドフォンから漏れている音楽をかき集めて塊にしてみたい。一体何dBになるだろう...。
一方②の共有はどんどん希薄になっている。なぜならそれは言語を用いたコミュニケーションだから。気持ちを言葉にする速度に限界がある。また無理してその速度を上げる必要性も無い。音楽を他者に共有するモチベーションがある人が日々聴いている楽曲数は多分1ヶ月でミュージックマガジン1巻分に収録されている楽曲数を余裕で越えると思う。それらを語る言葉を持ち合わせることは不可能だし、たとえ音楽を語る仕事(作曲家含め)をしていたとしても音楽を聴きたいとか知りたいという気持ちには抗えないだろう。
でも2、3分しかない1曲にも、その作曲家でさえ堀りきる事ができないほど情報が刻み込まれている。毎日同じ曲を何度も聴く事でその曲を歌えるようになったり、演奏出来るようになる。そうなった時に音楽的な気付き、楽曲内に隠されている秘密を初めて知る事ができるし、その延長線に立体的な理解がある。体系的な知識を獲得するための音楽の聴き方とは何度も同じ曲、同じアルバム、同じ時代の同じジャンルの音楽を聴き続けるしか無い。
毎日同じ曲を聴いていたら飽きると思われているかもしれないけれど、それは間違っていると思う。毎日飽きもせず心臓を動かし、肺を汚して、寝たり起きたり食べたりしてる僕たちが音楽を聴く事に飽きるという事は本当は無い。別の音楽を聴きたくなってるだけなんだ。その選択肢がもし無かったとしたら、ぼくはきっと無人島で毎日thanks for comingの「thanksforcoming.bandcamp.com」を聴き続けているだろうし。
そもそもどんな音楽も聴くことが最高なんだよ。嫌いな音楽があるって事って超贅沢な悩みなんだなって思うよ。
話が脱線した。
②がうまく運用されないと音楽を共有することを人は辞めていくだろうと思う。勇気を出してVOTE VOTEと言い続けても投票率があまり上がらずに京都市長選で希望の福山さんが落選してしまった。そのショックにより政治に関わることを辞めてしまう人がいるかもしれないように。(だれも対話をやめないでくれー。始めよう、対話。いつでも始められるよ。)
①だけの共有だと作曲家もdjもインスタントな(ガムやフリスクレベルの)快楽を求める事しかできなくなる。❤️の数を数えても虚しい。消費の速度が加速した結果の世界に僕たちは生きている。blonde後の世界でもあるけど。
2/24 西院のsubmarineでKASHIKOI ULYSSESは演奏した。最高のパーティ、全バンド良かった。僕らの出番は最後だったけど、みんなの音楽の雰囲気を吸い込んで吐き出すような良い演奏ができた。(カービィみたいなイメージ)
全部オルタナティブなバンドだったからか消費されづらい音楽だったという印象がある。毎日少しずつ食べるシュトーレンのような?
あと、やっぱりオルタナティブである事にこだわりを持っている作家の集まりだったからコンテクストを共有しやすく、①も②もライヴを通して光ファイバーの速度感で染み渡るようだった。
でもこれは僕が作家側だからだ。
そうじゃ無いお客さんはどう思ったんだろうか。来てくれたお客さんはほとんどアーティストだった。色んな感想があった。ライヴだとすぐに感想を共有出来るのが良い。
もちろんアーティストに音楽を共有出来る事は嬉しい事なんだけど、そうじゃ無い人や、音楽をそもそもあまり聴かない人、①の消費に疲れ切ってる人にもしっかり届くような音楽を作りたいんだよね。
いつも工夫はしてるんだけど、まだまだ広がりは持ててない。共演したpanicsmileは92年からずっとオルタナティブな旋律を信じて続けてきた事が伝わる演奏で感激した。
僕らのライヴの時mcでパレスチナで行われてる虐殺に対して怒りを持ち続けてる話、音楽を続けることによる抵抗についての話をしたんだけど、HYPER GALのKOHARUさんがガザについての本を読んでいることを話してくれた。とても嬉しかったです。
人が集まれば自然と対話は生まれる。自分の気持ちを信じて勇気を持つ事が表現にとって重要だ。
https://x.com/coffee_ippku/status/1761676057697268204?s=46&t=4wLEiJvehN77j6X9df6Hwg
波佐見町に住んで陶芸の仕事をしている野田さんがみにきてくれた。とてもかわいい器をプレゼントしてくれた!
音楽やってて良かったよ。これからも続ける。生き続ける。死ぬまで歌う。

虐殺を止める
想像できると思うし、みんな想像したことあると思う。自分が戦地にいる状況。
今日も鴨川をチャリで走る。並べられてる死体。
爆撃で耳は聞こえなくなってしまった。二度と音楽は聴こえない。
目は傷ついて見えなくなってしまった。
手や足、頭が無くなっていき、痛みと諦めの中死ぬ。
これを想像したことあると思う。全員が。
あるいは一度は夢に見たことがあると思うんだ。
そうなった時に僕たちは必ず思うはず、
「今すぐに停戦して欲しい」
「安全な場所に逃げたい」
「医療を受けたい」
「生きたい」
こんなにも毎日僕たちは虐殺に勝手に加担させられているし、加担しない方法は無い。
色々思うこともあるけれど緊急アクションとしてBDSは有効だったと思う。でも生きてるだけで払ってる税金や、貧乏な生活に必要な商品を買うだけでもその金は武器へ注ぎ込まれると思う。
みんなそうだと思うけど、僕も虐殺に加担したく無い。どんなアクションだって、やるしか無いし、声を上げ続けるしか無いんだ。
もし提案されたアクション、それ自体に効果が無いと思ったとしても良いんだよ。
声を上げたり考えることを放棄して、人間のことを未来のことを想う想像力がこれ以上失われて、心や命の価値を空回りする創造性だけが尖り続けていくと、我々は滅亡するまで絶望的な淋しさを吸い込む事になる。相対的な幸せの基準がすでに崩壊している事に気づいてる? 人が殺されまくってるこの世界で、どこかより過ごしやすいとか、誰かより幸せだとか考える事は不可能だ。ほとんどの仕事はそれを強いてくるし、上司はパワーを使ってくるだろうけど、想像してくれ自分の子供や親が殺される事を。それが今大規模に起きているんだ。今まさに地球で。
家父長制的な幸せの基準のベースには欠陥がある。家族や仲間を大切にするために一家心中することを是とする落とし穴がある。
今、私たち人間が地球で一家心中している。
兵器を作る技術者はストを起こすべき。
兵器の運び屋はストを起こすべき。
兵士は目を覚ましてくれ。
そのどれでも無い人たちは表現して欲しい。
本当に何も言えなくなる前に、足掻いて欲しい。